老後も安心できる毎日がオホホの【主婦の副業日記】♪
収入源だった専門学校が倒産し、自営業の小さなパソコン教室も経営不振・・・そんなとき、WWパンチくらったように、自称「定年」と言って、夫は55歳で離職してしまいました。
2度のチャレンジもむなしく、あきらめるという長男

今でも忘れることはできません。
小学生のときからあたためてきたジャッキーへの夢、長男は
あきらめるよ」と、ぽろぽろ涙をこぼしながら言いました。

けれども、それだけでは済まず、学校もやめると言い出したのです。

思えば、ジャッキーになりたくていろんなものに耐えてきました。

食事にしても、体重コントロールのため、「おかわり」なしでした。
食べ盛りなのに、アイスクリームや大好きなカレーライスも
できるだけひかえているようでした。

自分の部屋では、なにやら試験にありそうな柔軟体操をやって
いるようでしたし、毎日塾に通っていました。


これからどうするの?
じっくり考えようよ!

そんなことを言ったような気がします。

なんだかんだと話をしているうち、「近隣の学校に転校したい」と
言い出しました。

転校でもいいよ
簡単に言うのです。

高校を辞めるということだけは避けたかったので、転校でもいいと
いう言葉に救いがありました!

私は、いろんなことを考えました。
教育委員会へも電話し、●●になるかもしれないんですけど、
転校できるのでしょうか?と、理由探しをしました。

そして、「移転」するならできるかもしれない! という結論に至りました。

移転先も私の事務所に住めばいいんだなという気持ちになり、
編入試験の12月まで、今の高校で欠席しないようにがんばりなさいと、
これまでの寮生活に戻すことにしました。

担任の先生に面会し、
「12月に、●高校の編入試験を受けますので、それまでお願いします」
と、長男と二人で頭を下げました。

先生は、快く引き受けましたといわれました。

実はこの後、この先生にとてもお世話になりました。
感謝!感謝!感謝!です!!

高校の先生が「ここまで」面倒みてくれるとは思ってもいませんでした。
そのおかげで、長男は挫折することなく、次の夢をみるようになりました!

まだまだ、長男夢ストーリーは終わりません!
長男夢ストーリー、本物の幕開けです!!
次回をお楽しみに・・・・


こんな母親ですが、私も夢をもってお仕事をしています。
サイドビジネスですが、人にもよろこばれ、感謝されることもあり、
だれにでもできる、とてもやりがいのある仕事です。







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2度目のジャッキーへチャレンジでも“不合格”

長男は、2度のジャッキーへのチャレンジも、無残に“不合格”と、
厳しいというより冷たい現実の中にいました。

小学校からそのために勉強し、そのために馬術部のある農業高校へ
入学し、そのため『リンチ?』まがいにも耐えてきました。
自宅から遠いので、高校の寮生活を我慢しているのも、目的が
あればこそ耐えられることでした。

それが不合格発表とともに、”ブッチーン!”と切れてしまいました。

学校もやめたいと言い出し、
目的を失い、一生懸命やった分、つらさも大きかったと思います。

だれでも通過しなければならない道ではありますが、親として
何もしてやれず、はがゆいばかりでした。

ひたすら「せめて、ぐれないでほしい」「何か、新しいものを
発見してほしい」「違う世界に目を向けてほしい」・・・
神様が存在するのなら、こんな素直ないい子を見捨てないでほしいと、

空を見上げることも何日か続きました。

1日の長い長い1週間でした。


※こんな思い出も、今では懐かしく感じられ、母親として
 いい思い出を持っていると自分のことを思います。
 楽しみながら今では在宅の仕事をしています。


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ジョッキーに、2度目のチャレンジ!

農業高校1年生になって、ジョッキー2度目の受験をしました。
そう! 夢の小倉競馬場へ向かいました!!

試験・面接・運動・身体検査・・・すべてうまくいきました!
面接では、親=私の面接もあり、(主催者は面接ではないと言うけれど)
そこで、「他の受験者とは面魂が違います!」と、力強いお言葉を
いただき、「期待できるかも!!」と、長男には言えませんでしたが、
内心胸が躍りました!!

帰路、長男の方も、筆記テストで「自身あり!!」と、昨年とは
違って、やんわりにんまりの帰宅となりました♪


そして、いよいよ発表の日です。

結果は! 結果は!! (x_x)・・・でした

  ガーン!  lllll(-_-;)lllll


だめだったとき、何と言おうか、どう言ったらいいか・・

「受けるのはかまわないけど、だめだったときどうするかも
 考えとかないといけないよ」

受ける前から、この言葉を何度も言ってました。
勇気づけるのも必要だけど、努力したら努力した分だけ、
だめだったときの落ち込みを心配していました。

そして、その「怖い」になってしまいました。


数日して、長男は、涙をポロポロこぼしながら、

「僕は、あきらめる!」
「今度は大丈夫と思って帰ってきた。
 そして、合格した2人は・・・な人だった。
 努力だけでは通らないというのがよくわかった・・」


ホントに悔しそうでした!私も悔しかったです!!
よくがんばりました!毎日こつこつとあきらめずに、夢を持って!

けれども、その続きがありました!


 ガーン!lllll(-_-;)lllllガーン!lllll(-_-;)lllll

「あきらめるから、あんな学校、もうやめる!」
「やる気のない人間や、高卒の学歴を作れと親から言われた
 人間がいっぱい! そんな人間といっしょに勉強するのは
 もうイヤダ!!」



ちょっと胸がつまったところで、次回に続きます。


※私が心の中で反省したことがあります。
 親は面接はないと言われたけれど、本当はあれが「面接」
 だったと・・・。2度目のときは、それがわかっていながら、
 私にできなかったことがあるのです。
 …それは、ダイエットでした。
 3児の親となり、体重は増加の一途でした。
 何度も何度もダイエットに挑戦しながら、ますますリバウンドし、
 ジョッキー受験のころは、丸くなった体を服で隠していました。
 体型は、親の血を引き継ぐことはわかっています。
 「ゴメンナサイ」心の中で叫びながら、口に出していえませんでした。

※もう少し早く、今のダイエットに出会っていれば、もしかしたら、
 ジョッキーになれたかもしれない!!
 遅すぎたダイエットでした・・・・<(_ _)>

※私のやったダイエットは、このサイトからサンプルをもらった
 ことからスタートしました。サイト上は「サンプルは中止」と書いて
 ありましたが、真剣にやせたいことをアンケートに記入したら、
 特別に送ってもらえたんです!
 早く出会っていれば、親として最大限の努力をしたことになって
 努力を怠ったと悔やむことはなかったと思います。

サンプルをもらったサイト!




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突然、ジョッキーになりたい!!
長男が、小学6年生のとき、突然、ジョッキーになりたいと言い出し、ホントに驚きました。

長男は、小さいころから体が弱く、スポーツにはまったく向いていませんでした。
それでも、真剣に、中央競馬に入りたいと思うようになったのです。

母親として、夢を摘み取るわけにはいかず、できることには協力するという体制にならざるをえませんでした。

これまで、学級では中以下の成績で、まるで宿題もやっていない状態でしたが、
試験をクリアするために、塾に通うようになり、成績はめきめきと上がりました。

塾は、少し離れたところへ行きたいというので、私の友人に頼み込み、中途入学させてもらいました。

夕方、祖父から送ってもらい、私の仕事帰りに迎えにいくという毎日が続きました。
でも、迎えに行くのを忘れて、そのまま帰宅しそうになったこともあり、母親として、車で引き返すこともありました。おっちょこちょいを丸出しにしてしまいました。

私が塾に迎えに行くまでの間、長男は、塾長から「私の中学生時代」をいろいろ聞いていて、「そこまで聞いた!」と、驚くような事実がバレバレでした^^;

中学1年のとき、担任の先生から、入学当初から3学期までに一番成績が上がったとほめられ、勉強のやり方がわかるようになったと、長男も言うようになりました。

3年になって、いよいよ中央競馬の試験がありました。
小倉まで、車を走らせました。私にとって、初めての道、初めての遠出ともいえる出来事でした。

  筆記試験、面接・・・そして親も面接か?

長〜い一日でした。

結果は・・・みごと不合格でした。

この続きは、また次回に書きますね!


ひょんなことから、ひょんなHPに出会い、副業にしています。
人に喜ばれるお仕事だったし、これから必要な仕事に思えました。

こんなHPとの出会いからでした。

<私の副業はこれです!>





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私の小さいときの夢と、53歳になった今の夢
歩いていけるところに、小さなバレー教室があったので、ちょこちょこ見に行ってました。格子のある窓の外から、中を眺める感じで・・・
今思えば、まるでオリの中にいるみたいだったと思います。

みんなが白いレッスン着を着て、レッスン用シューズを履いて、アン・ドウ・トロワ・・・とやっていました。

私も踊りたい!!

そう思っていたのですが、「何ば言いよると!」と、姉から笑われてしまいました。

習い事にお金をかけられないし、才能も必要だと言われ、ショボンとしながら帰宅しました。

つま先立ちして、アン・ドウ・トロワと、家の中で踊るまねをしていました。そのせいか、親指先が上にそりあがっています。

 「なりたくても、なってはいけないものなんだ〜」

だと、子供ながらに思いました。
私にとって、最初に捨てた「なりたいもの」です。

今、53歳・・・一昨年までは、私にとって経済的にも「どん底」でした。

ひょんなことから、副業に出会い、この歳になって

「夢を見ることができるようになりました!」

がんばってきてよかった!
心からそう思います。

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